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ヘレンケラーを育てたサリバン先生の個別指導法の精神の継承。

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活動の記録Record of activity

発達の遅れ

| はじめに | 声の育成 | 発達遅滞 | 言語障害・吃音他 | 発達・知的障害 | 行動障害 |
| 自閉症 | 身体障害 | コミュニケーション障害 |

はじめに


乳幼児の子育てにおいて障害の有無に関わらず、産まれたばかりの子供は全ての子は日本を担う宝だというこ
とをしっかりと意識することが大切です。課題はいかに育てるかで未来は変わるということを具体的にお話しします。

言葉の遅れ・言語障害・発達障害・学習障害・多動症など行動障害等々を始め、ダウン症やヌーナン症・脳機能障害・身体障害など染色体異常や放射能等々に起因した先天的障害児も同様です。全ての乳幼児は1人の人間として発語指導をはじめ社会自立を目指して適切な支援を受けるべきだと考えています。常にこの立場を明確にし特徴的な児童への分析と対処例を紹介します。
 
特に発達の遅い児童の子育ては慎重かつ大胆に行うべきだと考えています。ここでは様々な障害とされる症状をわかりやすくするために敢えて「障害」という言葉を使いますが、医学的な判断で固定的に捉えるものではありません。ここでお話しするのは幼児・児童・成人・高齢者など約1000名をはるかに超える人たちの成長・変化を数多くの施設支援・各種教室・個別支援などの実践体験の中で感じ、確信を持って支援して来た内容であることをご理解ください。子育て全般と医学的なことは密接な関係があると思います。しかし、私たちは医学的な手法等々で「治療」するものではありません。したがって一切の薬物の使用や医療行為はいたしません。「心身の育成・会話が出来る様になる支援とその指導」をするだけです。
 
その結果思いもよらない成果が出ている事実をご理解いただければ幸いです。したがって医学的診断名を使いますがそれは両親や施設の職員が言っていた言葉を使っているか類似した状態なので便宜的に使っているだけで最新の医学的内容を前提にしているものではありませんのでその点は予めご理解ください。

声の育成


児童の健全育成・脳の発達の基本は日本語の母音「あいうえお」と基本「48の声」がハッキリと話せるようになることです。
(言語と脳発達の関係は脳科学等々の方の究明し期待しますが、この問題は子育てにおいて特に重要だと思っています。)
 
乳幼児・児童の教育については次の4点が重要です。
第1は、家庭教育です。胎児から3歳までは、日本語について家族が責任を持つことだと考えています。
伝統芸能を伝承する家元・宗家は3歳までに後継者となる子に統べての奥義を体験させると聞きます。天皇になる男子もその為の教育を3歳までに行うそうです。

第2に、3歳以降は、地域と家庭が一緒になり地域の教育を形成します。それが日本のまつりや様々な節句や行事・地域文化全般にあると思います。

第3は、学校教育です。
現在はこれらの教育自体とその連携が不十分な状況にあると思います。したがって言語能力が未成熟で読解力・分析力・判断力・文章力・表現力等々様々面で学力の低下を招いています。

さらに進んで読む力も素読を「音読」と言う言葉にしていますがその内容は棒読みです。朗読能力低下の事実を教育段階で避ける為に使われている言葉に感じます。広い意味で幼児には文学として継承されている宝物を声で聞かせることが第一です。文化は声で聞いて覚え、身につくものであることを理解してください。読み聞かせの最高の形が朗読です。まさに子育ては朗読の声で行うべきだと考えています。
 
朗読の中心はどのような「声」と「調子・間」でそれらの教育を行なうかにあると思います。そこには美意識が大切だと思っています。「美」は形・色・光・など様々な要素から表現されますが千変万化です。1つとして同じものはありませんが高度な「美」は自然に心に感じてくるものです。そこで日本語の朗読の声に関しては「美しい」という共通の価値観が不可欠です。
 
文字で「あ」と書いても声になると百人十色で同じ音色の声はありません。そこで誰もが美しいと感じ、納得出来るのが第一です。美しい声は心に感じます。その声が「障害」と言われている状態を大胆に改善していくのです。それは赤ちゃんを安心させ育む声であり、知的・精神的に障害があるとされている人が元気になり、明るく楽しいコミュニケーションが出来るようになる声です。経験から心に感じない声では反応が極めて弱く幼児・児童に紙芝居を聞かせても集中しません。乳幼児教育では美しい声で育てることの重要性をご理解ください。発語した具体例はエピソードの中に紹介していますのでご覧ください。

発達遅延


3歳の幼児に言葉を発するのが遅いと心配した母親が「行政・民間の関係施設」に相談に行くと「5歳までには話すようになりますよ」と言われ積み木やパズルなどを使った短時間の訓練を一生懸命に通所し2年間続けてきました。それでも話せるようになりませんでした。5歳になって「まだ言葉が出ないのですが」と指導員に相談すると言われるのが「発達遅滞」。もう少し様子を見ましょうと言われてきた結果、小学進学時の判定は「特別支援学校」。その母親は大きなショツクを受けました。今まで2年間も相談に行き指導された通り努力したのに「なぜ」こんなことに。今までの2年間はなんだったの。という話をよく聞きます。乳幼児自身に発達遅滞となるべき要因として考えられるのはありません。「染色体を始め様々な先天的異常」がある場合ですが、それは胎児期の検査である程度把握できます。ダウン症の幼児も出産後一年以内に支援話始めると立派に成長し、社会自立できる人も増えています。
 
健康で生まれ身体的成長に問題がなければ全ての乳幼児は発声・発語できます。多少の個人差はあれ1から2・3歳までには発声します。20年に及ぶ経験から3ヶ月ほどの支援で一言もしゃべれない子は1人もいませんでした。早い子はその場で発声し、言葉・発語はかかっても6ヶ月、会話するまでにはおよそ12ヶ月もあれば出来る様になります。くすぐって笑い声を出したら発声したとは言えません。泣く・笑うも確かに発声の1つですが少なくとも「あ」と言えるようになり「アイウエオ」が3ヶ月ほどでできなければ支援・指導とはいえないと思っています。
 
発声させるスキルを持たない施設かどうかを選ぶのはご両親です。その施設がどのような支援をしているのか、指導内容を公開しているのかどうかをよく確かめて3歳までに「発声・発語」させてくれる施設を見つけましょう。見学もさせてもらえず1年以上通って「発声・発語」もさせられないのでははじめから会話指導を前提としていないとしか思えません。

言語障害・吃音・他


言語障害と知的障害は同じではありません。ともすると「アイウエオ」が言えないから知的障害だと勘違いして幼児期から言語教育を諦める場合があります。特別支援学校へ進学しても生活指導を優先する傾向が多く見られます。身体的要因で言語障害になっている場合でも本人の意思確認ができて、自発呼吸ができればそれぞれの状態・個性に応じて訓練期間は変わるものの発語・会話はできるようになります。発達遅滞・知的障害による言語障害でも1年程度の訓練をすれば発声・発語はできるようになります。最重度の知的障害者の特別支援施設の入所者でも2年程度の訓練で朗読ができるようになります。

「カキクケコ」を「タチツテト」と発声していた小学6年生の特別支援学校の生徒は奥歯に箸を噛ませて「カキクケコ」の指導をするとはっきり言えるようになりました。さらに「奥の細道」を発声練習と会話訓練を兼ねて行ったところ3・4ヶ月程度で8割ほど暗唱できるようになったのです。
 
吃音の青年は集団指導の中で自分の番になると普通に話せるようになりました。周りの人間から吃音だと思われていると吃音になり、普通に話せると思っている人の前では普通に話せるのではないかと思えるくらいです。吃音と言われている人に何人も会い支援してきましたがどういうわけは私の前で吃音になったことがないのです。これは全く別の施設で何人もの人に会いましたがどの場合もそうでした。どうしてなのか不思議です。しかし、それをきっかけに普通に話せるようになればそれでもいいのではないかと思います。
 
精神科の医師はなんらかの病名判断をしなければなりませんのでしょうが吃音を病気だと思ったことがありません。その人の心の波長に合わない人が周りにいると吃音になってしまうのではないかと思えてなりません。
 
適切な支援と指導をすれば普通に会話できるようになった経験しかなく、20年の支援活動の中で1度も「吃音」を前提に支援したことがないのです。悩まないでください。

発達・知的障害


「発達障害、発達させれば天才児」これは今まで経験した中で産まれてきた合い言葉です。発達障害児・者と言われている人たちは適切な指導と訓練で成長します。そのためには第1に声の成長をしっかり進めることが第1です。これがないと成長がさらに遅れてしまいます。発達障害・知的障害の50歳・60歳の方でも「アイウエオ」は言えるようになります。しかし支援をはじめるのが遅くなると社会自立までの支援が遅れてしまいます。こうした現状をたくさん見てきました。残念です。人間として誇り高く社会で活躍できる可能性の高いうちに適切な指導訓練をすべきです。
 
とりわけ幼児・児童はできるだけ早いうちに支援を受けた方が良いと思います。最近は両親の資産・学力・社会的地位等々の格差もあり早く学習能力を身につける児童とそうでない児童との格差も大きくなってきています。しかし産まれたばかりの乳幼児にそれほどの差はありません。それが短期間で差がつく原因はいくつかあると思いますが、最適な子育てに勝るものはありません。保育園・幼稚園・小学校・中学校・高校にはそれぞれの年齢が定められていますが、天才にそのようなものは一切関係ないのです。日本で天才が育てられないのはそうした能力を見極め成長させることのできる人間があまりにも少ないからだと思っています。天才ほど様々な個性を持っています。幼児期に適切な支援を受けることができれば天才に。児童期に適切な支援を受けることができれば秀才になります。現在は秀才を求めていますが「天才」はあまり重視されていません。今まで支援してきた幼児・児童にはその特別の才能があるようです。
 
そうした幼児・児童はともすると言語能力や生活習慣・心身の発達で脳の急成長に追いつかない場合もあります。人見知り・言語能力・おねしょなど下半身の発達などなど様々な遅れは脳の発達の後回しになることで起こる場合があります。それらをしっかりと見極めることが大切です。子育てとはそれほど難しいことです。
 
大人しくて育てやすい「いい子」は将来必ずしも社会的に活躍できるようになるとは限りません。2〜300万人いるとされる引きこもりはどうして産まれてきたのでしょうか。全て子育ての方法で変わります。発達・知的障害も育て方で大いに変わります。あなたはお子さんを医師の判断に任せますか。お子さんの成長を信じて育てますか。私たちは医師のお話を無視してくださいというのではありません。医師の立場での診断はしっかり受け止めましょう。しかし、成長の中での変化まで医師が診断できるとは思っていません。成長する中での変化をしっかり見極めながらお互いが協力しあっていくべきだと考えています。医師はあなたのお子さんの生涯にどれだけ責任を持ちますか。お子さんの将来の全てに責任を持つのはご両親・ご家族です。そのことをしっかりと受け止めてより良い指導訓練を取り入れるべきだと思います。
 
人間の成長は無限です。20年に及ぶ障害児・者支援はそのことを教えてくれました。この人にもっと小さなうちに会いたかったと残念な思いをしてきました。
「発達障害、発達させれば天才児」この言葉は今も生き続けています。

行動障害


行動障害・多動症と云われている方に問題を感じた事がありません。パニックを起こすので発声練習できないと云われた施設でも参加者全員が真剣に訓練を受けて下さいました。支援をはじめる前にある施設長は「あんたらの話は眉唾(まゆつば)だ。信じられない」と言っていましたが約1時間に及ぶ発声訓練を終えると「いやーすごい。こんな方法があるんだなー」と驚いていました。それから約2年に及ぶ支援訓練が始まり、発声指導と合わせ絵画指導も行い多くの作品を生み出したのです。もちろんこの施設は行動障害・多動症・知的障害・精神障害・自閉症等々いずれも最重度の症状を持っている人の入所施設です。
また、他の施設では落ち着きがなくジッと出来ないと云われている方も2時間以上真剣に話を聴いて下さいます。

何が原因で「行動障害」と云われる状態になるのでしょうか。その原因は様々あると思いますが、どうすれば
「行動障害・多動症」にならないかを見つけた方が良いのではないでしょうか。
 
嫌いな人と一緒にいるというのはとても不快なのです。「行動障害・多動症」と云われている方に嫌われている事はありませんか。
「まさかそんなこと」と思わずに、実際にたしかめて見てみて下さい。御両親・御家族・施設の職員の方と云っても、必ずしも好かれているとはかぎりません。一生懸命お世話をしたり・訓練したり・教育したりと様々な努力をしても受け入れられなければ意味がありません。努力すれば受け入れられると云うものではない事を理解して下さい。ある施設では寝食を共にしてまで徹底した介護支援をした方がいました。しかし、結果は最悪でした。その職員は燃え尽き症候群と診断され、全く無気力状態になりました。その後無理して介護するより、自然体で何もせずに見守ろうという方針になったそうです。その時発声療育があれば結果は全く別のものになっていたと思います。
 
異性を一方的に好きになっても、片思いに終わることもあります。好き嫌いに理屈はありません。特に、障害者と言われている人には感性の高い人が多くいます。肌の合わない指導員の車にテレビを投げつける人もいます。しかし、話をよく聞いてみると原因はその指導員にあったようです。
 
障害者が入所している特別支援施設での暴行事件があとを絶ちません。改善するためには考え方を根本的に見直す必要があります。すでに行われてきた施設の運営方法だけでは限界にきているのではないでしょうか。幼児・児童は早いうちなら問題なく生活習慣を身につけ、集中力・学習能力を高めることができます。

自閉症


自閉症は、それ自体定義が幅広いようで多くの専門的知識が必要だと云われています。
しかし、自閉症の人も話をしたがっており、自傷行為もしたくないのです。薬を使わずに心を安定させる訓練をすれば良いのです。行動障害も自閉症も薬を使用して精神安定を図る方法には疑問があります。とりわけ成長段階の幼児・児童には危険です。行動障害の児童が元気に発声トレーニングをしていた時、指導員が全員椅子に座って行儀よくすることを強調するあまり、その子を強制的に椅子に座るよう指示しました。するとその子は一瞬、目を話したすきに施設から逃げ出し大騒ぎとなりました。その時に薬が使用されたのです。次に会った時、全く無気力となり、今まで元気に「アイウエオ」や「奥の細道」を大声で読んでいた子が施設の中の布団から出てこなくなったのです。その悲しそうな顔を思い出すたび心無い指導と薬の使用には憤りを感じています。医学的にどうしても必要という場合もあると思いますので一概には言えませんが、児童への薬の投与は慎重の上にも慎重を要すると思います。
 
自閉症の人の訓練方法は特に慎重に対応することが重要です。真剣に心の変化を感じ取りながら精神的負担にならないような対応が欠かせません。その1つに絵画指導があります。高学歴で就職しても自閉症になって人と話せない人が再就職の訓練をする施設で4年ほど支援しました。そこで行ったのが絵画指導で、支援を進める中でどんどん心を開き積極性を増してきました。発声においても本人が進んで声を出したくなるように支援しながら待つことが大切です。そうするとほとんど明るく元気になりました。
 
自傷行為をしていた青年はひたいに三本の深い溝を掘るように爪で傷つけていましたが、一年も訓練するとだんだんその傷が治って、2年もしないうちに完治しました。その時彼は「奥の細道」を朗読していたのです。
 
自閉症と診断された人たちがどんどん改善していくのをみるうちに不思議に思える事があります。なぜ社会では人の心を受け止め育てることができないのだろうかということです。
 
支援の内容は絵画の他に「共鳴」する発声トレーニングをしますが、1対1で対面して行うのではなく5人から10人程度が一緒に訓練するのです。そうすると1人の精神的負担が少なくなるようです。すると心も打ち解けやすくなり、他の人も一緒に共鳴できるようです。
 
話せない人の中には、今まで発音自体を教えてもらわなかった方もいるようです。これでコミュニケーションが出来ないので自閉症と診断されてしまってはとても残念です。

身体障害


発声が聞き取りにくくほとんど会話の意味がわからない最重度の言語障害の人も1年半の訓練で聞き取れるようになります。脳梗塞の人も発症後の訓練が早いほど改善の内容が様変わりします。上がらない手が上がり、開かない手が開き、歩けなかったのが杖なしで歩けるようになりました。しかしこれはその人の症状によって差がありますが改善の方向に向かっていくことに間違いはありません。

大手術の後3ヶ月ほど入院していた大学の教授が医師に聞きました「どうすれば話せるようになりますか」医師は「話すトレーニングをしなさい」教授は「そのトレーニングを教えてください」というとその医師は後ろを向いて診察終了。ということでした。結局私が指導することになりましたが、半年ほどで話せるようになりました。機能障害も身体障害も最適の方法を見出し、日々の絶え間ないトレーニングを続けることで見違えるような状況が生まれます。その中心は呼吸です。呼吸により「体幹」をしっかり鍛えることで回復の度合いが増していくと思います。この体幹トレーニングは幼児・児童の場合は以外と簡単な方法で出来ます。その中でも大声ごっこは意外な効果が期待できると思います。
 
身体の機能回復についての経験をお話します。
小さいころの高熱・小児麻痺・脳硬塞等々による全身麻痺・言語障害・半身麻痺で身体機能に不自由が生じた方の身体の機能回復は、自発呼吸が出来て日本語の意味を理解出来る方なら誰でも改善に向かいます。それを訓練で実証してきました。
 
ただし、本人が諦めずに訓練を続ける堅い意志が不可欠です。厳しく聞こえるかも知れませんが、自分に甘える人、やりたくない人や途中で諦めた人には身体機能の回復も将来の希望も望めません。努力している人は必ず社会が見守ってくれます。生活の範囲を広げ、何らかの社会参加・活躍・貢献を目指すことが大切だと思います。話せるようになると生きがいが生まれてきます。できる範囲がひろがることで人の心を変え社会を変える事ができると確信しています。
 
全身麻痺で言語障害の30代の青年は半年で「あいうえお」の8割が聞き取れるようになり、2年でマイクを使わずに車椅子から立って、1,700名の大ホールで「雨にも負けず」を朗読し、観衆を感動の涙に包みました。その後パソコン関係のオペレーターや関係者等々とも電話での話が通じるようになりました。
 
脳硬塞で半身麻痺の50代の男性は重症の便秘が3週間程で解消し、手足が動くようになり短い距離なら杖がなくとも歩けるようになりました。この方は当初医師に二度と歩けないので一生車椅子で過ごす事になると宣告された方です。
 
私達は全身麻痺と半身麻痺の方に伺いましたし、就学前の発達障害児の御家族にも伺いました。言語療法士が、言語障害の方にどのような指導をされたか聞きましたら、早口言葉のような活舌の訓練だそうです。重度の言語障害の方にはワープロの訓練です。腹式呼吸と発声との連動や「体幹」運動との連携を前提とした「発声」訓練は全く行っていないとのことでした。

コミュニケーション障害


コミュニケーション障害のある人とは「ありのままに・自然に」接するという支援方法があります。そのこと自体に何らかの有効な意味を感じありません。そのこと自体コミュニケーションを諦めるという意識を感じます。なぜなら今日まで支援してきた全ての施設の「心を感じる人(知的・精神的とされている方々)」と積極的に心豊かな人間関係を確立してきたからです。「ありのままに・自然に」ということは何もしないということと裏腹ではないかと思っています。楽しくコミュニケーションし、一緒に「あいうえお」と「奥の細道」の朗読訓練と絵画訓練し、感動のコミュニケーションを築いてきました経験からしてそれははっきり言えます。
 
「心を感じる人」の表情は訓練もなく何もしなかった時と比較して一変しました。自然に意欲が溢れて来ています。何かを始める喜びと希望と夢が生きがいを生み出しています。
 
「ありのままに・自然に」という言葉はコミュニケーションすることを諦め、できないことを正当化するために生まれた言葉に思えます。それは朗読の出来ない人が出来ないことがわからないように単なる素読・棒読みを「音読」という言葉でごまかす考え方に似ています。
 
「コミュニケーション障害」という言葉を社会で受け入れられない言い訳に使わないで下さい。そのようなものはこの世に存在しないのです。存在するのはそう思っているあなたの心の中にある「思い込み」だという事を御理解下さい。それは、自分の心の中からそう言う考え方を無くすだけで解消し、新たな展望を見いだす事に繋がります。「思い込み」は何も新しいものを生み出しません。「思い込みに」は開発も発見も創造も進歩も発展もありません。つまり成長自体を否定するばかりでなく、成長しようとする意欲まで阻害してしまいます。
 
偏見やレッテル等々で決めつけないで下さい。「思い込み」を無くすことは全て実現する希望の扉を開くことです。
 
一例を挙げますと「絵がかけない」「才能がない」という「思い込み」さえ無くなれば誰でも目に見えるものを描く程度の「写実画」なら半年で描けるようになります。「人間社会で起きている全ての事は人間社会で全て解決出来る」という真実を体験してください。
 
一切の事について解決できないと諦めてしまう「思い込み」は「出来ない」という口実で「しない・したくない」ことを正当化する為の言い訳に聞こえます。
 
「ありのままに・自然のままに」ということが「心を感じる人」を教育も訓練もコミュニケーションも出来ないまま社会に受け入れる事を求めるものであってはいけません。そうなれば「心を感じる人」の社会参加・社会活躍・社会自立は極めて困難になります。
 
御両親が元気な間は何とか出来る事もあるでしょうが、「心を感じる人」だけが残されたら「ありのままに・自然のままに」生きると言うこと自体どうなってしまうのでしょう。「心を感じる人」の尊厳を守る事も、生まれてきた使命を果たす事も十分には出来なくなってしまいます。思い込みの目で見ないで本当の才能を見いだし、可能性を追求し、育んで下さい。積極的な働きかけで、あらゆるコミュニケーション障害は克服できます。個々人で個性の違い、心を開くまでの時間など様々な要因で時間的な差はあっても少しずつ溶けていきます。





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